追憶
こんばんは、オスパフです。毎週日曜日 22 時頃、寝落ちラジオ (@OspfBgp) というラジオを配信しています。
皆さんは小さい頃の記憶ってどのくらい覚えてますか?
僕の 1 番昔の記憶は、口から素麺を垂らしながら実家を走り回っている記憶なんですが、「音楽」というジャンルにおいてはこの限りではありません。限りではありませんっていうか、素麺を口から垂らして走り回っている状態と音楽全然関係ないですけど。
今でこそ、上手くはないけど音痴ではない、でも楽器はできない、という一般的な音楽センスになりましたが、昔は音楽センスが全くなかったそうです (母・姉談)。
それこそ、国歌を音を外しまくって歌っていたそうです。非国民やん。
そんな僕は、母方の家系が音楽一家でして、祖父は音楽の分野で紫綬褒章も受賞しており、従兄弟はミュージシャンをしています。従兄弟・従姉妹たちは小さい頃からヴァイオリンやピアノを習っていました。そのため、小さい頃は音楽の英才教育をされそうになっていたようです。そうになっていた、というのは諦められたからですね。
その英才教育の一部が僕の音楽ジャンルでの 1 番昔の記憶なんですが、母と姉がピアノで音を出し、僕が何の音階かを当てるという 1 コマです。
母・姉「(ミの音を押しながら) これは?」
オ「え、ド。」
母・姉「はぁ。違う。(ファの音を押しながら) これは?」
オ「え、ド。」
母・姉「はぁ」
皆さんもお分かりの通り、当時の僕は何を聞いても
「これがドじゃね?ここからドレミファソラシド...って音階始まりそうやん!」
と感じて、毎回「ド」と答えていました。
しかしながら、当然不正解ばかりで「こいつはダメだ」と思われていたそうです。人類ってみんなこんなことできんの?嘘やろ?とずーっと思っていたのを、今でも鮮明に覚えています。
それから数年経って、これができる人は「絶対音感がある」と言うのだと知りました。音楽家系だったので「うちは絶対音感がある人の集まりなんだな、すげぇわ」なんて勝手に劣等感を感じていましたね。
そこから十数年経ち、母と姉とその記憶について話していました。
母・姉「懐かしいねー」
オ「あの絶対音感テスト、マジで地獄やったわ。自分らが絶対音感あるからって、それを強要すんのはいかがなものかと思うね」
母・姉「いや、私ら絶対音感なんてありませんけど?」
マジかよ。
オスパフ家は誰も絶対音感なんて無いそうです。何やねん。俺のトラウマと劣等感どうしてくれんねん。というか俺の音楽ジャンルの 1 番古い記憶をこんなトラウマで染めやがって。
追憶って悲しみも産むのだと知った日でした。
おやすみなさい。
オスパフ
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